「35億」旋風から10年の足音――ブルゾンちえみ With Bが日本のエンタメに残した決定的な爪痕と、今明かされる「それぞれの現在地」
ブルゾンちえみ with bという名を聞いて、あの耳に残るオースティン・マホーンの重低音ビートと、両脇を固める長身高学歴なスーツの男たち、そして堂々と放たれた「35億」の決め台詞を思い出さない人はいないだろう。2017年、突如としてお茶の間をジャックしたあのユニットは、単なる一発屋の枠組みを軽々と飛び越え、日本社会の「強い女性像」のパロディでありながら、ある種の解放宣言として機能していた。あれから歳月が流れ、時代が移り変わった2026年の今、当時の熱狂を冷静に振り返ると、彼らが撒き散らした熱量の異質さが浮き彫りになってくる。
テレビの黄金期が終わりを告げ、SNS発のショート動画が文化の主導権を握り始めた過渡期において、ブルゾンちえみ with bが提示した様式美は驚くほど構造的で、かつ計算され尽くしていた。芸歴わずか数年の若手芸人が、無名だった後輩コンビ「ブリリアン」を従え、上から目線のキャリアウーマンを演じきる。その強烈なコントラストは、硬直化していたバラエティ界に風穴を開けただけでなく、メンバー各々のその後のキャリアにも奇妙で劇的な影響を与え続けることになった。
1. 「キャリアウーマン」が打ち砕いた昭和的ヒロイン像
あの日、ステージの中央に立った彼女は、媚びていなかった。
当時の女性芸人に求められがちだった「自虐」や「ブス弄られ」の文脈を、彼女はあざやかに無視した。黒髪ボブに濃いめのリップ、ストライプのタイトスカート。自信に満ち溢れた視線で「女に生まれてよかった!」と言い放つ姿は、笑いを生み出すと同時に、同年代の女性たちに強烈なカタルシスをもたらした。恋愛指南という古典的なフォーマットを取りながらも、背後にあったのは徹底した自己肯定感だ。「地球上に男は何人いると思っているの?」という問いかけは、閉塞感の漂う日常に対する痛快な平手打ちだった。
2. 左右に佇む「無言の肉体美」――ブリリアンという奇跡の配置
主役を引き立てる舞台装置として、これほど完璧な配置があっただろうか。
コージ(徳田浩至)とダイキ(杉浦大毅)からなる「ブリリアン」は、ネタ中ほとんど声を発しなかった。ただ白いシャツのボタンを外し、背中に書かれた文字を見せるだけ。しかし、この「男たちが無言の記号として従属する」という構図そのものが、日本の男性優位的なコメディ空間を痛快に転倒させていた。彼らは単なる引き立て役にとどまらず、ブルゾンという台風の目を中心にして機能する、必要不可欠なアンカーボルトだったのだ。
3. 2020年の電撃解散と、藤原しおりとしての孤独な航海
だが、熱狂の消費スピードは速すぎた。ブームが頂点に達した数年後、ユニットは活動にピリオドを打つ。
ブルゾンちえみは大手事務所を離れ、本名である「藤原しおり」へと名義を改めた。イタリア留学の決断、コロナ禍による頓挫、そして文筆業や環境問題へのアプローチ。世間は「あのブルゾンが」と面白おかしく報じたが、彼女自身は極めて誠実に、自分自身の輪郭を取り戻そうともがいていた。派手なメイクを落とし、等身大の言葉でエッセイを紡ぐ彼女の姿は、スポットライトの眩しさに焼かれまいとする表現者の、切実な自己防衛でもあった。
4. アメフト復帰に役者道――「B」のふたりが歩んだ泥臭い軌跡
一方、置き去りにされたと見なされがちだった「With B」のふたりも、決して足を止めてはいなかった。
コージはかつて主将を務めたアメリカンフットボールの世界へ復帰を果たし、Xリーグの選手として、さらには指導者としてフィールドに泥まみれで戻っていった。バラエティのひな壇を捨て、ヘルメットをかぶる道を選んだ彼の決断は、多くのスポーツファンを唸らせた。ダイキもまた、モデルや舞台俳優として地道に表現の幅を広げ、自らの名前で立つ術を模索し続けた。「ブルゾンの両脇」というレッテルを剥がすのに費やした時間は、決して無駄ではなかった。
5. 2026年の視点:なぜあのネタは今もネットの海を漂うのか
2026年の現在、TikTokや新興の短尺プラットフォームでは、周期的にあのネタのリミックスやパロディが再浮上している。
流行歌やギャグの賞味期限は年々短くなっている。数ヶ月前のトレンドすら忘れ去られる現代において、なぜ彼女たちのフレーズだけは古びないのか。理由は明快だ。あのネタには「音楽・ビジュアル・フレーズ」の三位一体となった様式美があり、ネットミームとして完璧な強度を持っていたからだ。海外のクリエイターが今なお「35 billion」の構図を真似て動画を作る現象は、あのネタが言語の壁を越えた構造物だったことを証明している。
6. 消費され尽くすことを拒んだ者たちの、静かな勝利
テレビタレントの宿命は「消費」だ。ウケればウケるほどすり減り、飽きられれば次の流行へとすげ替えられる。
しかし、あの3人はそのサイクルから自ら降りた。あるいは、弾き飛ばされながらも自分の足で着地した。かつて日本中を熱狂させた「ブルゾンちえみ with B」の残像は、今や美しい記憶としてアーカイブされている。それぞれが30代を迎え、表現者として、ひとりの人間として成熟を見せる2026年。あのとき彼女が放った「探すんじゃない、待つの」という言葉は、奇しくも、彼女たち自身の歩んできた数奇な人生そのものに向けられたエールのように響いてくる。 (出典: ブルゾンちえみ with b(Yahoo!ニュース))