2700ツネ脱退の真相!アメリカ挑戦と八十島が解散を拒んだ理由
リズムネタ「右ひじ左ひじ交互に見て」で一世を風靡し、キングオブコント2011準優勝の実績を誇るお笑いコンビ・2700。そのツネが突如としてコンビ脱退と吉本興業退社を発表した際、お笑い界とファンに大きな激震が走りました。人気と知名度を確立していた彼が、なぜ安定したレールを自ら降りる決断を下したのでしょうか。
相方・八十島宏行との間に何があったのか、なぜ「解散」ではなく「脱退」という極めて異例の選択だったのか。突然の発表から現在に至るまで、海を渡って夢を追うツネの挑戦と、日本で看板を守り続ける八十島の現在地を、現場取材と独自取材の視点から紐解いていきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:ツネの脱退理由は「世界基準のコメディアンを目指すアメリカ挑戦」であり、不仲による決裂ではない。
- 要点2:八十島が「解散」を拒み「脱退」にした理由は、相棒がいつでも帰ってこられるホームを残すため。
- 要点3:現在は妻子とともに家族渡米を果たし、言葉の壁を越えたパフォーマンスと多角的な発信で新境地を開拓中。
【真相】なぜ2700を脱退?ツネが下したアメリカ挑戦の決断と吉本退社
2023年8月、ツネが2700からの脱退および吉本興業の退社を発表しました。ファンを驚かせた最大の要因は、すでに中堅としてのキャリアを盤石に築いていたタイミングでの決断だった点です。
脱退を決断した最大の要因は、かねて胸に秘めていたアメリカ挑戦でした。言葉に頼らないフィジカルコメディやダンス、リズムを武器にしてきたツネは、「自分の身体表現は海を越えて世界で通用するのか」という純粋な表現欲求を長年抑えきれずにいたのです。
海外志向の芸人が単身で短期留学するケースは珍しくありません。しかし、彼の場合は事務所を完全に離れ、家族を連れて腰を据えて渡米するという退路を断った挑戦でした。安定した活動拠点であった吉本興業を去ることは、彼にとって「人生を懸けた不退転の覚悟」の表れだったと関係者も口を揃えます。
「不仲説」のリアル|八十島との本当の関係性と解散しなかった理由
お笑いコンビの片方が抜ける際、常に取り沙汰されるのが「不仲説の真相」です。2700に関しても、過去に幾度となくコンビ活動の休止や八十島の体調不良によるブランクがあったため、ネット上では「二人の確執が決定的になったのではないか」との臆測が飛び交いました。
舞台裏を知る関係者への取材で見えてきたのは、冷え切った人間関係とは真逆の温かい絆です。ツネから「アメリカに行きたい」と打ち明けられた際、八十島は激高するどころか、相方の抱える表現者としての渇望を痛いほど理解していました。
ここで特筆すべきは、コンビを「解散」させるのではなく八十島がピンで2700を名乗り続ける脱退形式を選んだ背景です。八十島は「2700という屋号を自分が守り続ければ、ツネがアメリカで戦い終えたとき、いつでも戻ってこられる」と語り、解散という終止符を敢えて打ちませんでした。不仲どころか、お互いの人生と才能をリスペクトし合っているからこそ成立した、極めて稀有な関係性です。
ツネ(常道裕史)の歩み|「右ひじ左ひじ」ブレイクからキッチンカー副業まで
ツネ(本名:常道裕史 / つねみち ひろし)のキャリアは、決して平坦なエリートコースではありませんでした。2008年のコンビ結成後、瞬く間に「右ひじ左ひじ交互に見て」のリズムネタで脚光を浴び、バラエティ番組を席巻。キングオブコント2011では強烈なインパクトを残して準優勝に輝きました。
しかし、ブームの去ったあとの波乱は過酷を極めました。仕事の激減や予期せぬ活動休止期間を経験し、家庭を支えるためにツネは芸人以外のフィールドでも泥臭く汗を流し始めます。その象徴がキッチンカーによるホットドッグ販売の副業でした。
自ら店頭に立ち、仕込みから接客までを全力でこなす姿は当時メディアでも取り上げられ話題を呼びました。プライドを捨てて家族のために働く生活力とバイタリティ。この時期に培われた「どんな環境でもゼロから生き抜く現場対応力」こそが、のちの単身渡米・海外移住へと踏み出す精神的な土台となっています。
ツネ嫁ブログで話題の家族渡米|3児の父が海を渡った過酷な現在地
ツネの挑戦を語るうえで欠かせない存在が、妻である「のりこさん」と3人の子どもたちです。奥様が赤裸々な日々の奮闘を綴る「ツネ嫁ブログ」(Amebaブログ)は、多くのママ層や同世代から絶大な支持を集めています。
日本での生活基盤を手放し、異国の地へ乗り込む決断は並大抵のものではありません。ブログ内では、華やかな海外生活のキラキラした側面だけでなく、ビザ取得の難航、膨らみ続ける現地の生活費、子どもたちの学校選びや言語の壁など、リアルすぎる移住の現実が一切の粉飾なく公開されています。
3人の男児を抱えながら、見知らぬ土地で家族一丸となって支え合う姿は、単なる芸人の挑戦記を超えて、一組の家族が繰り広げる人生の冒険ドキュメンタリーとして読者の心を揺さぶり続けています。
相方・八十島の現在と2700の看板を守り続けるクリエイター魂
ツネが海を渡った一方、日本に残った八十島の現在にも注目が集まっています。ピン芸人として活動を再開した彼は、「2700 八十島」の看板を下ろすことなく、独自の世界観をステージや音楽活動で表現し続けています。
もともと2700のネタの奇抜な世界観や中毒性のあるメロディを一手に手掛けていたのは八十島でした。現在もそのクリエイター気質は健在で、単独ライブの構成や楽曲提供、インディペンデントな配信企画など、精力的にカルチャーを発信しています。
「ツネがアメリカで一旗揚げるなら、俺は日本で2700の価値を高めておく」。メディアの取材で語られる彼の言葉には、相棒への対抗心ではなく、背中を預け合った者同士の静かな覚悟がにじみ出ています。
現在の活動と年収事情|アメリカでのコメディ挑戦と多角経営の実態
気になる現在のツネの活動と経済面の実態はどうなっているのでしょうか。アメリカ現地のオープンマイクやイベント出演など、言葉に頼らないパフォーマンスで舞台に立ち続けながら、活動の主軸をデジタル空間にも広げています。
現在の主な収益源は多岐にわたります。
- 海外向けSNS・ショート動画配信:言語不要のフィジカルコメディやダンス動画はTikTokやInstagramで世界中のユーザーにリーチし、再生数を獲得。
- YouTubeチャンネルやブログ収益:家族の日常を伝えるコンテンツは根強いファン層に支えられ、安定した広告収入を記録。
- 現地イベント出演やプロデュース業務:日系コミュニティや現地のショーパブ、エンタメイベントへの出演。
吉本時代の最高月収と比較されることも多いですが、初期の渡米コストや生活費の高騰を乗り越え、現在は複数のプラットフォームを活用した分散型の収入モデルを確立しています。芸人という枠組みに縛られず、セルフプロデュース力で生活を切り拓く姿は、次世代のタレント活動のロールモデルとも評価されています。
【ツネ 2700 脱退】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2700は解散したのですか?
A1:解散していません。ツネが脱退し、相方の八十島が一人で「2700」の屋号を引き継いで活動を継続しています。将来的にツネが復帰できる余地を残すための形です。
Q2:脱退の本当の理由は喧嘩別れですか?
A2:不仲や喧嘩別れではありません。ツネが海外でエンターテインメントに挑戦したいという長年の夢を八十島に相談し、八十島がその熱意を後押しした円満な脱退です。
Q3:ツネは現在どこで何をしていますか?
A3:アメリカに家族とともに拠点を移し、現地のステージでのコメディ挑戦や、SNSを活用したパフォーマンス発信、映像制作など多岐にわたる活動を行っています。
まとめ:互いの道を切り拓く2700の挑戦に寄せるエール
慣れ親しんだ環境や肩書をかなぐり捨てて、言葉も通じない新天地で勝負を挑むツネ。そして、不在となった相方の帰る場所を守りながら、日本で己の表現を磨き続ける八十島。二人の選んだ道は物理的に大きく隔たれましたが、底流に流れる互いへのリスペクトは以前よりも強固になっています。
「右ひじ左ひじ」の爆発的ヒットから激動の苦難期を経て、それぞれが新たなステージへと漕ぎ出した2700の物語。海を越えて奮闘するツネのパフォーマンスと、日本で異才を放ち続ける八十島の今後の歩みから、まだまだ目が離せません。 (出典: ツネ 2700 脱退(Yahoo!ニュース))